NetBeans エバンジェリストらによる回想


NetBeans の 10 周年記念式典の一環として、NetBeans エバンジェリストチームの元メンバーの何人かに、過去の大好きな思い出を振り返ってくれるように依頼しました。

最初に、NetBeans チームのエバンジェリズムのディレクタだった Judith Lilienfeld 氏は次のように振り返ります。「エンジニアリングが私のところに来て、新しい GUI/レイアウトビルダーの「かっこいい名前」をつけてくれるように頼みました。そのとき、私は 6 か月間ほど NetBeans に取り組んでいました。技術者はほとんどの人々と同様です。アドバイスの提供を求めますが、それは彼らの期待と一致する場合のみです。感動を呼び起こすアーチスト名、わかりやすい名前、またはより抽象的な概念を使用すべきかどうかについての長い電子メールスレッドがありました。

「彼らは実に、あらゆる可能性を持つ wiki ページを作成しました。最終的に私は、その名前を Project Matisse にすべきだと彼らを説得しました (あるいは彼らは私との議論に飽きていたかもしれません)。私が Matisse を使うのを好んだのは、彼の芸術的な絵画表現が非常に滑らかであり、経歴の後期にはレイアウトの仕事にも携わっていたからです。そして、あっという間に全員がそれを Project Matisse と呼んでいました。その後、私はエンジニアリングとの信頼を少し得て、彼らは私の言うことに今までよりほんの少しだけですが、耳を傾けるようになりました。それにより、彼らは新しい NetBeans ユーザーの取り込みに非常に役立つものの一部であるすばらしい機能を提供することができました。」

Judith は現在 OpenSolaris のエバンジェリズムのディレクタです。
Judith Lilienfeld と Tori Wieldt
Judith Lilienfeld
 
Roman Strobl
Roman Strobl
NetBeans の発展については、Roman Strobl 氏も意見を述べました。「かつて 2004 年に私が NetBeans に取り組み始めたとき、ほとんどだれもそれを使っていませんでした。私の友人の何人かが私が NetBeans を使用するのをからかっていたのを覚えていますが、その理由は彼らが市場でそのツールがほかのどの IDE よりもかなり劣っていると思っていたからです。2004 年またはそれ以前に NetBeans を使用することは、ほとんど地下開発者のような気分でした。

「NetBeans を使用する開発者のいるいくつかの会社について知ってはいましたが、彼らは当時自分たちのマネージャーが NetBeans の使用を承認しないだろうという理由で話しませんでした。まったく、ここ 4 年間で時代は変わりました。

今日、人々は NetBeans の最新機能の習得に躍起になっており、一般認識は「低速、醜悪、そして機能不完全」から「革新的、かっこいい、そして高速」に変わりました。コミュニティー内の発展はすばらしいものでした - NetBeans 10 周年おめでとうございます - この製品は大きな大きな進歩を遂げました。」と Strobl 氏は話しました。

Roman は現在 OpenSolaris のエバンジェリストとして働いています。

NetBeans のエバンジェリズム活動では、しばしば長期にわたって外国に旅に出る必要がありました。そのような旅を何度もしてきた Tim Boudreau 氏のもっとも印象に残っていることの 1 つにブラジルへの最初の旅がありました。彼はこう語っています。「2005 年に、Charlie Hunt と私ははじめてブラジルに行きました。私たちは、そこでは一部のイベントがどれだけ時間ぎりぎりで準備されるのかを知りませんでした。私たちは木曜日のイベントで講演をし、翌週になんらかのトレーニングを提供することになるだろうと聞かされました。私は講演の前に Bruno Souza 氏とはじめて会いました。

「私は彼に、私たちは翌週に何をする予定なのか尋ねました。彼は、「おや、私たちはあなた方の予定を何も入れていません。」と言いました。私たちは、30 分話をするためにはるばるブラジルまで飛行機で来たのかと思い、少し動転しました。その週末後に飛行機で帰ることを検討しました。月曜日の朝、ホテルの部屋で電話が鳴っているのに気付いて目が覚めました。Charlie でした。「これを信じるつもりじゃないだろうね。私たちは今日 8 時間、さらに明日も 8 時間、そしてさらに水曜日も 8 時間のトレーニングを行う予定です。1 時間以内に大学にいる必要があります。」

「金曜日から日曜日を使って翌週の準備をする予定でしたが、何も予定されていないことがわかったあと先延ばしにしていたため、何も準備できていませんでした。そのため、私たちはノートパソコンを持ってタクシーに乗り込み、大学への移動中にトレーニング初日の計画を練りました。そして、私たちは次の 3 日間タグチームを組み、どちらかが 1 時間教えている間に、もう一人が次のトレーニング時間を考案しました。現にそれはうまく機能し、私たちはそれを楽しんでやりました。」最近、Tim の生活は Java ME ツールの開発リーダーとして少しだけ多忙さが解消されています。

その旅についての Bruno 氏の記憶は少し違っています。彼は、コミュニケーションに行き違いがあったのは、イベントが予定されていないと最初に思った Tim と Charlie の責任ではないかと疑っています。どのような場合でも、Bruno 氏は本人が思い起こすように、多くのイベントで役に立つ存在でした。「NetBeans チームに加わる前でも、私はいくつかのツアーで NetBeans エバンジェリストと一緒に働いて、ブラジル周辺で Java ユーザーグループを訪れました。それは常に開発者たちに大受けし、とても楽しいものでした。

「しかし、南米の 4 か国巡りをすることに決めたのは、チームに加わったときでした。多くの都市を訪れ、終日オープンソース、NetBeans、および OpenSolaris について語り、あるときはウルグアイでサッカーをし (残念なことに敗退)、ブラジルでたくさんの肉を食べて、そのあと砂丘を転げ落ちました。その 2 週間の間、私たちは常に時間に遅れていたので、ほとんど睡眠を取れず、飛行機、バス、およびタクシーを追いかけなければなりませんでした。

「私はグループのカメラマンでもありました。私は特にひどい日の詳細をすべて記録しましたが、それは最終的に NetBeans.tv のおもしろいビデオになりました。それだけのことがあったにもかかわらず、私は飛行機に乗り、さらに多くの開発者と会うためにロシアに行きました。あれは気違いじみた忘れられない 2 週間でした。」Bruno 氏は、今でもオープンソースの世界に携わり、世界規模のオープンソースコミュニティーのガーデニングを行う Sun のグループで働いています。つまり、「オープンソースコミュニティーの成長と開花を助けています。」
Bruno Souza
Bruno Souza

Tim Boudreau
Tim Boudreau


David Botterill
David Botterill
これらの努力はすべて 1 つのこと、つまり NetBeans に関する情報を伝えるために行われました。独自のプロジェクトの 1 つに、「NetBeans Mobile」で国を横断する旅がありました。Tim はオーナー、機械工、そしてパイロットでしたが、宣伝用のアイデアは David Botterill 氏の思い付きでした。彼はこう振り返ります。「Tim が購入した自分の移動用の「トラック」、古いアイスクリームトラックの画像を送ってきたときのことを覚えています。それは、Borat がハリウッドに行くために運転するバンのようでした。私はすぐに GIMP を開き、大きな NetBeans ロゴを側面に配置して、それを「NetBeans Mobile」と呼びました。」

「私は彼に、それを運転して米国を横断し、その道中で Web カメラや GPS デバイスを使ってその旅を追跡記録して NetBeans を宣伝するべきだと言いました。側面のロゴに加えて、おそらく「私の開発はいかがですか。コメントについては、http://www.netbeans.org を参照してください」と、トラックの後ろに描いたと思います。さて、Tim はそのアイデアに賛成し、Judith も承認しました。そして、NetBeans Mobile の旅は結果的に歴史的瞬間を迎えました。」

David は、Sun の Campus Ambassador プログラムのテクニカルマネージャーとして、今でも独自のアイデアを考え出しています。
 

Gregg Sporar 氏の大好きな思い出の 1 つも乗り物に関するものです。「私たちは NetBeans 5.5 の開始を記念する式典の間プラハにいました。私のよく知らないその都市の一部で行われた大きなパーティーに全員が出席しました。私は、Judith とチームのもう 1 人のメンバー Ashwin Rao と同時に会場を出ました。私たちは、26 番のトラムが最終的にホテルのそばまで行くので、それに乗るように言われていました。

「トラムの停留所まで歩くと、ほんの数分後、幸運なことに 26 番が来たので私たちは乗りました。トラムの窓にチェコ語で何か書いてある掲示がありましたが、だれもそれを読めないので、無視するほかに選択の余地はありませんでした。トラムは停留所で停まりながらしばらくゴトゴトと音を立てて進み、乗客はどんどん少なくなっていきました。最後は、私たち 3 人と運転手だけになりました。彼は、トラム発着所に入り、トラムのエンジンを切ってから、私たちの方に戻ってきて「終点です」と言いました。

「時間が遅く暗かったので、私たちはどこにいるのかわかりませんでした。しかし、その特別なトラムが私たちをホテルに戻すつもりがないことははっきりしていました。そのため、私たちは反対方向に向かうトラムに乗りました。さまざまな停留所を通過するときに、私たちは名前を読み取ろうとしましたが、どの停留所も同じ名前が付いているように思われるので混乱しました。そして、私たちは停留所の名前ではなく、「禁煙」の標識を見ていたことに気が付きました。最後は元の場所にたどり着き、私たちは「車庫行き」と書いてあるらしいトラムの標識に注意することを学びました。」

Gregg は、最近では OpenSolaris チームのテクノロジエバンジェリストとして、今でもトラムに乗っています。
Gregg Sporar
Gregg Sporar

Ashwin Rao
Ashwin Rao

Brian Leonard
Brian Leonard

これらのすべての話には同じような要素が含まれています。だれも傷つかなかったということです。しかし、Brian Leonard 氏が説明するように、彼のあとで同じことは言われなくなりました。

「私たちは、NetBeans のプレゼンテーションで、T シャツを群集に投げ入れることが好きです。私は T シャツをゴムバンドできつく丸めるくせがあるため、それらは野球ボールほどの大きさになり、部屋の奥にいる人々に届けることができます。ただし、それらをキャッチするのはかなり難しく、通常はキャッチする前に指に跳ね返されます。これは通常 (少なくとも私には) おもしろく、テーブルの上に水差しが置いてあるフロリダでのある会議では特にそうでした。

「T シャツがそれて水差しに入ると、人々は水しぶきがかかって濡れていました。これによって群集はさらにエキサイトするだけのように思われました。一人が椅子ごと後ろに倒れたとき、私はやめざるを得ませんでした。彼の後ろにいたサンダル履きの女性の足の上に倒れ込んだのです。プレゼンテーションのあとで、彼女は私を見つけ出して、自分の足の強打の跡を私に見せました。私は彼女に非常に申し訳なく思いましたが、彼女が味わっていた楽しみの大きさから判断して、彼女が嫌がっているようには見えませんでした。」

最近、Brian はまだ T シャツを投げていますが、今は OpenSolaris のものです。

NetBeans エバンジェリズムと Web チーム
2006 年ごろの NetBeans の Web およびエバンジェリズムチーム左から: Ruth Kusterer、Jan Pirek、Jack Catchpoole、Brian Leonard、Judith Lilienfeld、Roman Strobl、Tim Boudreau、Tori Wieldt、Bruno Souza、David Botterill、Gregg Sporar、および Ashwin Rao。

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